朝夕に少し涼しい風が吹くと、ハゼが食べたくなる。
ハゼは白身のおいいしい魚である。
キスよりもずーっと味が深く、豊かだ。
東京では屋形船に乗って釣りに出かけ、釣ったハゼを船の上でテンプラにして食べさせるのが有名だ。
関西ではそういう船も無いし、市場でも売っていないので、食べたくなれば釣るしかないのである。
と言っても、あまり腕は関係なく、居れば釣れる魚だ。
そこで、一人で休みの日の早朝に武庫川の川尻(武庫川団地駅)に出かけた。
「まだ、時期的に早いかなーっ」と思いながら、釣具店に入り餌を買う。釣況を聞いてみると、そこそこ釣れているようだ。
防波堤の階段を上り、川岸を見渡すと結構、釣人がいる。
釣具店で聞いたバックネット前のポイントに向かう。
缶ビールを飲みながらお気楽そうに釣っている、サングラスの親父に挨拶し、隣に入れてもらう。
ちょい投げの仕掛けをセットして、エサをつけ、10mほど先に投げ入れる。いきなり、プルプルというハゼ特有のあたり、巻き上げると両方の針に飴色のかわいらしいハゼが着いていた。
今年は結構、魚影が濃いかも・・・と一人、ほくそ笑む。
そこで、隣の親父にもあたりが。親父もリールをぐいぐいと巻き上げる。ビニール袋が釣れた。
親父と目が合う。親父は照れ臭そうにうつむき加減に笑う。
こちらも軽く会釈する。
また、あたり。今度は一回り大きなハゼがあがってきた。
親父もグイグイとリールを巻く。木の枝が釣れた。 仕掛けもぐしゃぐしゃになっている。
親父はまたも照れ笑い。こちらも微笑み返す。
餌を付けなおし、仕掛けを放り込む。またもや、あたり。 休む閑がない。
親父は今度は軍手を釣った。目の端でそれを見届けたが、 決してそちらの方は見ない。
ど、どんくさー!
来た。岸近くであたり。フルセという大きめのハゼである。
親父は今度はグイグイと竿をあおっている。 あきらかに地球を釣っている。親父はグイグイと勢い良く 竿をあおり続ける。すると、突然、プツンと仕掛けが切れた。 バランスを崩した親父は自分のバケツに手を突っ込んで転倒した。
すると、バケツに入っていた釣り上げたハゼは 勢い良く流れた水と共に、川にお帰りになった。
残ったのはビニール袋と、木の枝と軍手だけである。
私は竿を出したまま、そーっと、親父の方に背を向けた。 私の肩が震えていたのは言うまでもない。
・・・だから、釣りは止められない。