世の中にはやはり名人と呼ばれる人がいるものだ。
これは雑記の13話「溺れる男」で紹介したT氏から聞いた話だ。
T氏が見事に酔っ払うことは以前にもご紹介したが、これもまた、T氏が酒に飲まれてひどい目にあった 話である。
今から20年程前の話である。
給料日に調子に乗って飲み歩いたT氏はセカンドバックに給料袋を入れ、脇に挟んだまま電車の座席で寝込んでしまった。
酔っ払ってはいたが、給料を入れているという意識はあるので、居眠りしながらも時折、脇に挟んだセカンドバックの感触を確認していた。
駅の改札を出てふらつく足取りで家までたどり着く。
呼び鈴を鳴らすと、奥さんが玄関の鍵を開けた。
「あんた、また、そんな酔っ払って、ええ加減にしいや!!」
「あほ、給料日くらい飲ませてくれや!!それくらいかまへんやろ」
とT氏は悪態をつくと、脇に挟んであったセカンドバックを乱暴に奥さんに押し付けた。
「え~っ、給料が漫画に化けてる・・・」
「漫画はあんたや!!」
「なんやのこれ?!」と奥さんが怪訝そうに聞く。
「あほ、開けてみぃ。給料入っとるわ!!」
「あんた、何ゆうてるの。これ漫画の本やがな」
「えっ・・・」
なんと、T氏は酔っ払って寝ている間に脇に挟んだセカンドバックを少年マガジンとすりかえられていたのだ。
あわてて、駅に戻ると駅舎の屋根の見えやすいところに、空っぽのセカンドバッグが放り上げてあったそうだ。
そこにはスリの名人と酔っ払いの名人の壮絶な戦いがあった訳である。
やれやれ・・・。